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暫髪(ざんぱつ)おまん、鼕行列あれこれ

文・乾 隆明 様(末次町)

 松江合同銀行末次支店のロビーに鼕行列の写真が展示してあった。一見して分かるのは女性の叩き手が増えたことだ。ほんの4、5年前に末次支店の女性たちの参加した頃は「女人禁制」の町内もあったほどだった。女性の参加で、鼕行列はますます華やかになりました。

 男はザンギリ頭に変わっても、女性の断髪などとんでもなかった明治初年のこと、当時、松江第一の美人と評判の高かった石橋町は紺屋(こうや)の一人娘おまん(18歳)が「あたしも叩き手の仲間にいれて」と頼んだら、からかい半分の青年の連中は「ザンギリ頭の男にしか叩けないからお前が島田まげを切って男装したら入れてやる」と言ったそうな。ところが 本当にブッツリ切ってドンブリ腹掛けに法被の諸肌脱いで現れたので皆がアッと驚いた。

 昔は整然とした行列ではなく、途中で他町内とすれ違う時は鼕台のぶつけ合いから殴り合いの喧嘩にまでなるような勢いのある祭りだったから、男だけでやったのだろう。ある町内は のぼせすぎて しょっちゅう喧嘩沙汰になるので、「鼕があるばかりに喧嘩になる、いっそ破ってしまおう」と町役立ち会いのもと出刃包丁で皮を切り、破ってしまった、という。

 また 大火の時、大切な鼕の皮だけを命からがらにもって逃げたという。その皮は今も宮倉に折り畳まれて大切に保存してある。両町内とも今は「鼕を復活させよう」という話が持ち上がりかけている。

 鼕行列は見るだけではあまり面白い祭りとは言えない。しかし 実際に参加してみると、企画や運営、鼕の叩き方や笛の練習、次世代への伝承、語り継いだ歴史の確認など、なかなか楽しい。阿波踊りと一緒で、やはり鼕行列も「見る祭り」ではなく「参加する祭り」だ。

 幕末から明治初年に活躍した松江の画家、堀礫山(ほりれきざん)の描いた鼕行列の絵を見ると、まことに素朴だ。荷車のような台車に小さな鼕を横に並べ、叩き手は4人ほど。笠をかぶった子供たちが引き回し、たくさんの提灯を吊した飾り竿を先頭に、提灯をもった男たちが賑やかしている。編み笠の女が数人で三味線を弾き、鼓や尺八もあって、頬かぶりの男が手足を打ち振るっている。昔は唄やニワカ狂言もでたそうで近隣の町内だけを練り歩いた。

 現在のパレードになったのは大正4年の御大典の時からで、奉祝行事をどうすべきか町の代表が市役所に集合して協議した結果だ。その時は、参加町内で知恵を絞って出し物を考え、仮装行列やニワカ、神楽や獅子舞まで飛び出して時代の変化を華やかに祝った、という。

 伝統はその時代の人々が作り出すもので、女性の大量参加は当然のこと。新たに参加する企業や団体があれば大歓迎。参加者の少ない町内は新興住宅地の市民にどんどん門戸を開放すればよいと思う。引き回すだけではなく競演場のような見せ場を作って精一杯のパフォーマンスを演じるのも楽しい。

 祭りはその時代の新しい活力の象徴であって変革の力を失った祭りは博物館に行くしかない。「平成の暫髪おまん」たちの参加は、伝統の祭りを時代に合わせて変えていくきっかけになるかもしれない。